Spay Vets Japan | スペイ ベッツ ジャパン | 繁殖予防に特化した早期不妊去勢手術専門の獣医師団体

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論文|スペイ ベッツ ジャパン
Researches and Studies
調査研究
Deconstructing the spay / neuter debate
「不妊去勢手術」議論についての考察
「不妊去勢手術の健康への影響」を懸念する声に、どう対処すべきか。
フィリップ・A・ブッシュビー(獣医学博士・科学修士・米国獣医外科学会認定専門医)
アニマルシェルタリング・マガジン 2020年夏号
全文
ピラミッド
解説
猫の手術時期について、当会の主張を理論づける内容となっており強く支持します。 犬に関しては、犬の過剰繁殖問題もまた近年顕著であることから、犬の置かれている状況を十分に考慮した上で、Bushby教授が一覧にまとめた分類を原則支持しながら、今後国内において臨床獣医師が広く議論することが必要だと考えます。
1972年、獣医学部を卒業した私は、ニューヨークにあるヘンリー・バーグ記念病院で、一年間の研修を終えました。その年、ニューヨーク市がNPOと締結した契約(アニマル・コントロール・コントラクト→北米の多くの都市でみられる非営利団体と自治体の動物収容管理業務契約)に基づいて13万2千匹の犬猫が安楽死処分されました。私はその数字を忘れられず、ペットの過剰繁殖問題の存在が心に刻み込まれたのでした。

動物福祉分野では、その後数十年の間で、「不妊去勢手術が健康面・行動面に与える良い影響」についての広報活動が行われ、また早期不妊去勢手術の先駆的な手技も確立され、全国の動物シェルターで「譲渡前不妊去勢手術」が当たり前に行われるようになりました(ほとんどの州で、譲渡前不妊去勢手術が法律上義務付けられています)。その結果、米国の安楽死件数が劇的に減少してきました。

我々専門家の間では、犬猫の不妊去勢手術には明らかにメリットがあるとされています。

しかしここ数年、犬猫の不妊去勢手術が健康にもたらす良い影響に対し、疑問を投げかける声が出てきました。カリフォルニア大学デービス校獣医学部による4編の研究を受け、早期不妊去勢手術に疑念を示したり、あるいは不妊去勢手術を一切行わない獣医師が現れてきたのです。さらに、こうした疑念は、一般の人々に浸透し始めました。

極端な例で言えば、ある種の整形外科的疾患や腫瘍の発症を懸念して、不妊去勢手術は時期を遅らせるべきだ、あるいは、やめてしまうべきだと主張する獣医師がいます。またそれとは対極的に、その他の腫瘍にかかるリスクや寿命、ペットの過剰繁殖などを懸念する観点から、早期または幼齢期の不妊去勢手術を推進する獣医師も存在します。

何が正解なのでしょうか。獣医師であり動物福祉専門家でもある我々の立場から、我々が抱える動物に対し最善策をどのように選択し、混在する情報に戸惑う飼い主にどのように伝えていけばよいのでしょうか。

不妊去勢手術によって発症リスクが上がると聞かされた飼い主は、当然のことながら警戒心を示す。


研究の検証
不妊去勢手術によって特定の疾患の発症リスクが上がると聞いた飼い主は当然警戒心を示します。2019年のワシントンポスト紙記事「加熱する犬の不妊去勢手術論争」では、出産させる予定がないにもかかわらず、2匹の犬の不妊去勢手術を見合わせた、ある飼い主の決断を紹介しています。そこでは、「不妊去勢手術と、腫瘍・関節疾患との関係性を示唆する研究結果が、彼女に手術をしないことが最善であると信じ込ませた」と書かれています。

不妊去勢手術論争ではありがちですが、不妊去勢手術を行うか否かの判断は、ごく一部の疾病との関係性にだけに着目するのではなく、動物の健康・寿命を総合的に鑑みた上で議論されなければなりません。研究においては、不妊去勢手術に伴い特定の疾患の増加の可能性が指摘される傾向にありますが、我々はその疾患の発症率を必ず考慮しなければならず、何故、より一般的な疾患の発症件数が減少しているにもかかわらず、珍しい疾患を発症する潜在的なリスクばかりが強調されてしまうのか、その点を説明できるようにしておく必要があります。

不妊去勢手術を行うか否かの判断は、ごく一部の疾病との関係性だけに着目して議論されるべきではない。

不妊去勢手術に関する研究の多くは医療記録が元となっており、不妊去勢手術の有無と手術時の年齢を照らし合わせながら、様々な症状の発症率を割り出そうと試みられています。こうした研究では、事象の関係性を示すことは可能ですが、因果関係までを解明することはできません。つまり解明されていないことがまだ多く、不完全な情報に基づいて不妊去勢手術を行うか否かの判断が行われている、と考えることができます。

カリフォルニア大学デービス校獣医学部による研究—「ゴールデン・レトリバーに関する研究(2013)」「ラブラドール・レトリバーとゴールデン・レトリバーの比較(2014)」「ジャーマン・シェパード・ドッグの不妊去勢手術(2015)」「不妊去勢手術が免疫疾患の発症に与える影響(2016)」)—において、研究者たちは、(紹介状のある)二次診療病院の医療記録を基に、関節疾患(前十字靭帯損傷、股関節形成不全)、腫瘍(リンパ腫、血管肉腫、骨肉腫、肥満細胞腫)、免疫疾患の発症率の検証を行っています。不妊去勢手術をうけた犬は、発症頻度は一定ではありませんが、特定の整形外科的疾患、腫瘍性疾患、免疫介在性疾患の発症率の増加がみられたと報告しています。

しかし、不妊去勢手術をしない、あるいは、手術の時期を遅らすべきである、と仮定するこれら論文に対しては疑問を投げかけるべきであり、詳しく調べると以下の問題点を指摘することができます:


・コントロール(制御変数)が制御されていない:良い研究では、調査対象となる項目以外の要素は全て固定されているものですが、過去の医療記録を検証する調査研究では、コントロールを制御することができていません。食餌、生活習慣、環境、予防的医療、遺伝その他の要因が、調査結果にどれほど影響しているのか判断できません。


・研究対象が偏っている:二次診療施設では、一次診療を行うクリニックが対応した症例(疾患)が反映されていません。開業医は、犬の乳腺腫瘍、子宮蓄膿症、精巣腫瘍の治療は行うかもしれませんが、骨肉腫や血管肉腫、リンパ腫であれば、それらを二次診療施設に送るかもしれません。このことが調査結果を歪ませ、見かけ上発症頻度が低くなる疾患や、逆に高くなる疾患を作り上げます。さらに複雑な事情も絡みます。もし、不妊去勢手術を受けたために整形外科的な異常を発症したのではなく、もともと整形外科的な異常があり、発症しやすい体つきをしていた結果、整形外科的な異常が生じた場合はどうでしょう。また、犬猫の飼い主が不妊去勢手術を避ける一番の理由が、「手術費用を払えないから」だという現実も、調査結果を潜在的に歪める一因になっています。不妊去勢手術の費用の払えない飼い主が、二次診療施設で特別な治療を受ける確率は如何ほどでしょうか?


・異なる品種間や異なる生物種間で外挿をしていること:仮に、デービス校の調査研究の正当性が今後証明されたとしても、品種、ましてや生物種が異なれば、その研究結果を当てはめることはできません。デービス校の研究はその点に触れていますが、一般の人々、あるいは開業医の間では、その事実が無視されているようです。

カリフォルニア大学デービス校の研究で評価できる点は、さらなる研究(基準とする症例とデータの収集基準が予め定義され、一貫性のある研究)の必要性を指摘しているところです。しかしながら彼らの研究には、不妊去勢手術の意思決定に大きな変化を与えるほどの正当性は示されていません。


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獣医学の文献では、犬猫の不妊去勢手術の長所・短所が記されています。ある犬種(大型犬に多い傾向にある)における、特定の腫瘍や整形外科疾患の発症率の上昇は、不妊去勢手術と関係性があることが証明されています。また、特に早期に行う不妊手術がメス犬及びメス猫における乳腺腫瘍の発症率を著しく下げることや、不妊去勢手術を受けた犬及び猫の方が一貫して長生きをするということも証明されているのです。

2013年のジョージア大学の研究では、7万匹以上の犬の医療記録が分析され、不妊去勢手術をうけた犬の平均寿命が9.4歳であるのに対し、未手術の犬は7.9歳であることが分かりました。不妊去勢手術によって、オス犬では13.8%、メス犬では26.3%平均寿命が延びることが期待されています。

不妊去勢手術は、感染症等の原因により死亡するリスクを下げ、他の死因、例えば腫瘍が原因で死亡するリスクを上昇させました。不妊去勢手術を受けた犬は、感染症・外傷・血管疾患・消耗性疾患による死亡が「著しく」減り、腫瘍や免疫介在性疾患による死亡率が上昇する傾向にありました。腫瘍性疾患の中では、移行上皮癌・骨肉腫・リンパ腫・肥満細胞腫の発症率が上昇し、乳腺腫瘍の発症率が著しく減少しました。
未不妊の犬猫が乳腺腫瘍を発症するリスクは、不妊手術をうけた犬猫の7倍となる。

文献で示される一見相反するような情報を解釈する際に、「何かが、ある症状の発症率を上昇させる」と結論付けられていたとしても、「発症率とは何か」を理解していなければほとんど意味がないことに留意する必要があります。症例数の少ない腫瘍の発症率が著しく上がったとしても、症例数の少ない腫瘍であるという事実に変わりはありませんが、一方で、症例数の多い腫瘍の発症率が著しく下がると、その腫瘍が症例数の少ない腫瘍であるという認識に変わってしまうかもしれません。

解説)バイアスのある集団研究では、不妊去勢手術によって発症しうる珍しい腫瘍の発症率の変化に注目が集まりがちで、より一般的な腫瘍が不妊去勢手術によって発症率を下げたとしてもあまり関心を集めない。

1000以上の動物病院に電子カルテシステムの共有を展開するバンフィールド社のデータによると、不妊去勢手術を受けたペットの寿命が延びることについて更なる証拠を提供しています。2013年、同社は犬220万匹・猫46万匹のデータを分析した報告書を公開しました。不妊去勢手術の有無と寿命を照らし合わせた結果、手術を受けた犬は未手術の犬に比べ、メス犬は23%、オス犬は18%寿命が長いことが分かりました。猫に関しては、メス猫で39%、オス猫ではなんと62%も長くなっていることが分かりました。


ここまでで言えることは?
  • ・不妊去勢手術した犬猫は寿命が長くなる。
  • ・不妊去勢手術した犬は、一定の珍しい腫瘍・免疫介在性疾患、整形外科疾患(特定の犬種)の発症率が高くなる。一方で、乳腺腫瘍・子宮蓄膿症等、症例数の多い疾患の発症率は低くなる。
  • ・未不妊去勢の犬は、感染症や外傷による死亡率が高い傾向にある。


リスクを比較・推定する
私たちがもし未来を知ることができたのなら、不妊去勢手術によってどの個体が骨肉腫を発症するのか、手術をしなかったためにどの個体が乳腺腫瘍や子宮蓄膿症を発症するのかを、見極めることができるでしょう。それをもとに、個体に最善の選択をすることができるでしょう。しかしそれができない以上、個体群動態に基づいた提案を行わざるをえません。

米国では、メスの飼い犬の約80%が不妊手術を受けています。犬の乳腺腫瘍の発症率は4%ですが、発症するのはほとんどが不妊手術を受けていない犬です。乳腺腫瘍を発症した4%のメス犬が、主に不妊手術を受けていない20%のメス犬であるなら、不妊手術を受けていない場合の乳腺腫瘍発症率は約20%であり、0.2%である骨肉腫発症率の100倍となります。不妊去勢手術が骨肉腫のリスクを倍増させると主張する論文もあります。しかし先に述べた通り、米国の犬の80%が不妊去勢手術を受けているのであれば、この「倍増」は、本質的に0.2%という統計内で導かれていることになります。

マーガレット・ルート・カストリッツ氏は2007年の自身の論説「犬猫の不妊去勢手術適齢期」において、当時存在した文献から不妊去勢手術を受けた場合とそうでない場合の疾病発症率を比較し要約しています。カストリッツ氏の論説で「深刻あるいはやや深刻」と報告された症状のうち、不妊去勢手術を受けた犬で増加しているものは、全体の3%です。不妊去勢手術を受けた犬が、これらの症状のいずれかを発症する確率は3%であるのに対して、手術を受けていないメス犬が乳腺腫瘍を発症する確率は20%、子宮蓄膿症を発症する確率は24%です。

幼齢期の不妊去勢手術に関しては、テキサスA&M大学とコーネル大学の研究が、犬猫の早期不妊去勢手術は、健康面及び行動面において、長期的に重大な影響を及ぼすものではないと結論付けています(ただし、猫白血病ウイルステストで陽性を示した子猫は、十分な免疫機能を獲得させるため、生後4-5か月まで手術を延期した方が賢明であるかもしれない)。

1981年及び2005年の研究では、初回発情前に不妊手術を受けた猫の乳腺腫瘍発症率は著しく低下すると述べられています。乳腺腫瘍を発症した猫の生存期間は一般的に1年未満であり、猫の乳腺腫瘍の最大96%が悪性であることからも、乳腺腫瘍の発症率が下がることには大変意義があります。

1997年の研究では、生後12週齢までに不妊去勢手術をした猫は、生後6か月齢以降に手術をした猫に比べ、麻酔及び手術による合併症を発症しにくいと報告されています。「性成熟期前に去勢手術をしたオス猫は、ペニスが小さくなり尿路閉塞を発症しやすくなる」とする説は間違いであることが証明されています。カストリッツ氏、シャーリー・ゲイリー・ジョンストン氏は1996年の研究で、生後7週齢で去勢手術をした猫と、生後7か月齢以降で手術をした猫、あるいは手術をしなかった猫との間に、尿道径の差はみられないことを示しました。長期的研究、短期的研究のいずれにおいても、去勢手術をしたオス猫の尿路閉塞の発症率上昇は示されていません。


情報を個々のケースに当てはめる
不妊去勢手術をうけた犬猫が繁殖しないのは、確かな事実です。これはいささか当たり前な話ですが、重要なのは、不妊去勢手術によって、シェルター引取り数や犬猫の安楽死数が、ゆっくりですが確実に減少するという点です。さらに、シェルターでは不妊去勢手術を受けた犬猫の方が譲渡されやすい傾向にあります。

不妊去勢手術を行うかどうか、またその時期についての判断は、まず第一に、その動物の生活環境(飼われているか否か)に基づいて行わなければなりません。そして第二に、繁殖環境と健康状態、寿命との関係性について既に明らかになっている見解を参考にして行わなければなりません。飼い犬については、犬種・繁殖環境・手術の目的・最新医療知識を考慮に入れた情報を飼い主に提供した上で、判断を仰がなければなりません。多くの犬種で、初回発情前に不妊手術を行えば乳腺腫瘍の予防効果が得られ、これは、乳腺腫瘍以外の腫瘍や整形外科疾患の潜在的な発症リスクをはるかに上回るメリットがあります。

現在判明していることを基にした推奨事項は以下の通りです。健康状態と体重の要件を満たしていることが前提です。


  • ・シェルターの動物:譲渡前に不妊去勢手術を行う。生後6週齢から。
  • ・地域猫:TNR(捕獲・不妊去勢手術・元の場所へ戻す)を生後6週齢以降適宜。
  • ・飼い猫:生後5か月齢までに不妊去勢手術を行う。
  • ・飼い犬 メス:生後5か月齢までに不妊手術を行う。
  • ・飼い犬 室内飼い 大型犬 オス:整形外科疾患の懸念により、骨成長が終了する生後15~18か月齢以降に去勢手術を行う。
  • ・飼い犬 外飼い 大型犬 オス:過剰繁殖の懸念により、生後5か月齢までに去勢手術を行う。
  • ・飼い犬 小型犬 オス:現時点では整形外科疾患に関する懸念は確認されていないため、性成熟期(生後5か月齢)までに去勢手術を行う。


不妊去勢手術の影響については、まだ解明されていないことがたくさんあります。そのため、我々は新しい情報を常に仕入れ、必要に応じて認識を改めていく必要があります。それと同時に、新しい情報に対しては、それが研究データに基づく妥当なものであるかどうか、厳しい目をもって評価する積極的な姿勢が求められます。
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