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Researches and Studies
調査研究
Is TNR for dogs possible in Japan?
日本で犬のTNRは可能か?
古川勝也獣医師(山口県職員)
日本で犬のTNRは可能か?
解説
日本における猫のTNR活動は、環境省が推奨する「地域猫活動」の前提となる行為として、社会的に認知が進みつつあります。一方で、郊外や里山が近い地方には、犬の遺棄や放し飼い、迷子等により野外に放たれた未手術の犬が野外で交配を繰り返し、その頭数が年々増え続ける事態が発生しています。猫のみならず犬の過剰繁殖問題も、今や社会的に深刻な問題として注目を浴びるようになりました。では、犬も、猫と同じようにTNRをすることは可能なのでしょうか?

今回ご紹介する記事は、現状の日本における狂犬病予防法、動物の愛護及び管理に関する法律に照らして、日本で犬のTNRは可能か、その実現に向けた解釈についてご紹介しています。

真に迫った指摘や学術資料を交えて、様々な情報やご意見を発信されてこられた、当会会員である古川獣医師の「のらぬこ先生」ブログより抜粋させていただきました。
  • 日本で犬のTNRは可能か? その1

    野犬問題に関しては、香港と日本はよく似ています。香港は厳しい法規制で狂犬病の発生を抑え込んでいる地域です。また同じ東アジア地域で気候や風土も類似していて、日本と同様の野犬問題を抱えています。動物愛護団体の活動も活発です。日本で野犬のTNRを検討する際には、香港のデータは非常に役に立つはずです。
    香港において2015年から3年間、犬のTNR実証実験が実施されましたが、香港にも日本における動物愛護法や狂犬病予防法に相当する法令があり、犬のTNRは違法です。政府が法令の除外規定を設けることにより、この実証実験が可能になりました。
    日本において犬のTNRを実施しようとした場合、同様の法的問題が生じる可能性があります。ではどうすれば日本で犬のTNRを実施できるか、そこについて考えてみます。

    そもそも犬のTNRは違法か?
    狂犬病予防法には、こう規定されています。

    (狂犬病)予防員は、第四条に規定する登録を受けず、若しくは鑑札を着けず、又は第五条に規定する予防注射を受けず、若しくは注射済票を着けていない犬があると認めたときは、これを抑留しなければならない。(狂犬病予防法第6条第1項)

    つまり野犬を抑留する義務を負うのは狂犬病予防員です。そして狂犬病予防員以外の人間が野犬を捕獲したとしても、予防員に引き渡す義務はありません。所有者がいない犬(無主物)を、所有の意思をもって捕獲すると、捕獲した人に所有権が発生し、狂犬病予防法による登録と狂犬病予防注射の義務が課されます。しかし所有者がいない犬をTNR目的(つまり所有の意思はない)で捕獲する場合には所有権は発生しません。これは猫のTNRと同じです。少なくとも狂犬病予防法上においては、狂犬病予防員以外の民間人が野犬を捕獲することや、野犬に避妊去勢手術を実施し元の場所に戻すことそのものについては違法ではないといえます。

    しかしながら、犬のTNRは動物愛護法に抵触する可能性があります。つまり

    ・捕獲の方法によっては「虐待」にあたる可能性がある
    ・避妊去勢手術後の犬を野に放つことは「遺棄」にあたる可能性がある

    もちろんこれらは猫のTNRにも当てはまりますが、猫のTNRについては環境省が推奨する「地域猫活動」の前提となる行為であり、社会的に認知されているため、刑法第35条の「正当業務行為」として罰せられません。犬のTNRは必ずしも社会的に認知されているとは言い難いため、違法となる可能性があるのです。そもそも狂犬病予防法は狂犬病を撲滅することを目的に、野犬を含めた放浪犬を捕獲または薬殺することが規定されています。野犬を野放しにすることは狂犬病予防法の趣旨に反するわけです。そのため、日本においては犬のTNRについて理解が得られにくく、行政主導のプロジェクトとしての実施は困難なのです。

  • 日本で犬のTNRは可能か? その2

    日本で犬のTNRを実施するにあたり、法改正は必要ありません。必要な行政手続はこの2つです。

    (1) 野犬の個体数調整の手段として「犬のTNR」という方法があることを、環境省が各自治体に「技術的助言」する
    (2) 抑留された犬の「処分」方法に「元の場所に戻す」を追加する

    (1)によって犬のTNRが「正当業務行為」になり、堂々と実施できるようになります。しかしそこには、厚生労働省の大きな壁が立ちはだかります。厚労省は狂犬病蔓延防止の観点から、野犬は全て捕獲すべき(殺処分しろとは言わないが)という立場です。狂犬病予防法も、その観点で定められています。野犬を野放しにすることを前提とした犬のTNRを、厚労省が認めるとは考えにくいのです。
    またワクチン接種の問題もあります。犬のTNRは別名CNVR(Catch-Neuter-Vaccinate-Return)と呼ばれ、当然のことながら狂犬病ワクチンも接種されます。しかし日本で承認されている狂犬病ワクチンの有効期間は1年間で、毎年の接種が必要です。また米国で猫のTNRの際に接種される3年間有効のワクチンを用いたとしても、一生涯効果があるわけではありません。ワクチン接種後に免疫が切れてしまえば、その犬は狂犬病感染の危機にさらされるわけです。
    これらの理由により、厚労省が犬のTNRに賛成する可能性は低いと考えられます。厚労省を納得させるには、少なくとも「年1回のワクチン接種」を担保し、狂犬病蔓延のおそれがないことを示す必要があります。

    (2)についても狂犬病予防法に基づく通知が必要ですので、厚生労働省の了承が必要です。TNR後の犬はあくまでも未登録の「所有者がいない犬」ですから、狂犬病予防員による抑留の対象となります。抑留した犬のうち、飼い主へ返還できなかったものについては処分(譲渡、殺処分)できるとされていますが、元の場所に戻すことは想定されていません。そこで厚労省から「TNR後の犬であれば元の場所に戻してもよい」という通知が出されると、抑留されたTNR後の犬を元の場所に戻すことが可能になります。TNR後の犬は耳カットやマイクロチップで個体管理することが前提にはなります。
    抑留された犬の「処分」の内容については、狂犬病予防法に明確に記載されていませんが、条文をどう読んでも殺処分が前提です。しかし厚労省は社会の変化に呼応し「できるだけ譲渡する」としましたが、法改正することなく「処分には譲渡も含む」と、しれっと解釈を変更しました。つまり「処分」の内容については法解釈の問題ですので、必ずしも法改正は必要ないのです。

  • 日本で犬のTNRは可能か? その3

    日本において、犬のTNRそのものは違法ではないものの、その実施に際しては厚生労働省の壁(つまり狂犬病予防の観点)があると、前回までに説明しました。しかし逆にTNR後の犬に年1回の狂犬病予防接種を実施できれば、文句はないはずです。そのためには年1回の再捕獲が必要ですが、個体管理を徹底したうえで、発信機付きの首輪等により所在を確認できれば不可能ではありません。
    その際には、犬を再捕獲するためのスキルと、狂犬病予防接種を誰が実施するかということが問題になります。いずれにしても、獣医師の関与が不可欠です。再捕獲の際に、犬が素直に捕獲檻に入ってくれれば良いですが、なかなか上手くいくものではありません。鎮静剤を経口投与(あまりお勧めはしませんが)するにしても、吹き矢を用いて麻酔薬を注射するにしても、獣医師の指示が必要です。また吹き矢による捕獲の際によく用いられるケタミンは麻薬に指定されていて、獣医師免許だけでは扱えず、麻薬施用者または研究者の免許が必要※です。

    しかし犬のTNRに対する懸念は、狂犬病だけではありません。人に対する危害(咬傷事故等)、家畜やペットへの危害、農作物への被害、そして生活環境への被害(騒音、糞尿、ゴミあさり等)といった懸念は、犬のTNRに対する社会の理解を妨げます。さらに問題なのは、それらが発生した場合、誰が責任を負うのかということです。自治体なのか、管理者なのかという問題もありますが、管理者に責任を負わせた場合、責任能力の問題もあります。

    また「犬がたむろすると怖い」という心理的問題もあります。猫のTNRが受け入れられている要因として、猫がたむろしていても怖くないという心理的効果も考えられます。TNRを実施し、定期的に餌場で給餌するようになると、犬は食料を求めて徘徊することが少なくなり、餌場周辺でたむろするようになることが予想されます。例えば野犬に対して定期的に餌やり者による給餌が行われている西日本の某地域においては、常に野犬がたむろしているスポットがあります。十数頭の野犬の成犬がたむろしている様相は、私が見ても威圧感がありますから、ましてや一般の人が見ると怖いと感じるのではないでしょうか。また彼らは人間は餌をくれる存在だと思っていますから、人間に近寄ってきます。それがまた恐怖を増します。そこで慌てて逃げようと駆け出すと、犬は追いかけてきます。野犬は基本的に臆病な動物ですから、意味もなく人間を襲ったりはしません。
    これらの懸念をどう払拭していくかが、犬のTNR実現の鍵となります。

    ※獣医療行為として麻薬を処方するなら施用者、捕獲のために麻薬を用いるなら研究者の免許が必要です。どちらの免許が必要かは、免許を交付する都道府県の判断になります。

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